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カルチャー的存在!プーマ(PUMA)の歴史

COLUMN(コラム)
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こんにちは。

前回のブランド紹介でアディダス(adidas)をご紹介させて頂きました。 
まだご覧頂いていない方はこちらをご参照ください。

兄弟喧嘩から始まった!?adidas(アディダス)誕生秘話について
こんにちは。 皆さんadidas(アディダス)というブランドをご存知でしょうか?3ストライプで有名なあの世界的企業ですよね? このadidas(アディダス)の歴史が非常に面白いので、今日はその解説をしていこうと思います。 ▼こちら...

そんなアディダスの創業者である、アドルフ・ダスラーと兄弟関係でもある、プーマ(PUMA)のルドルフ・ダスラーとプーマ(PUMA)というブランドについてです。

皆さんの知らないプーマ(PUMA)を知ることができますよ♪

 

▼こちらも併せてご視聴して見てください▼  

プーマ(PUMA)について

モータースポーツやファッションブランドとのコレクションなど、他のスニーカーブランドとは一線を画すスタイルを貫くプーマは、年間売上高が27億600万ユーロ、そして従業員数が9310人の企業です。

プーマはサッカーにおいて定番中の定番ブランドの地位を獲得しており、love-footballを合い言葉にサッカー用品のトップブランドとして君臨しています。

プーマ(Puma)のスニーカーを特徴付けるものは、ほぼ全てのスニーカーにつけられているフォームストライプと呼ばれる流線型の側面パネルが存在します。

サッカー用品を扱うブランドとして非常に知名度の高いPUMA【プーマ】ですが、F1やMotoGPなどのモータースポーツにおいてもその影響力は非常に強く、多くのF1ドライバー達がPUMA【プーマ】のレーシング用スニーカーを使用しています。

またファッションブランドとのコラボレーションも積極的に行いコレクションを発表しています。

プーマ(Puma)の歴史

1920年、ドイツのニュルンベルクにて靴職人の息子として生まれた、兄のルドルフ・ダスラーと弟のアドルフ・ダスラーの2人は共同で資金を出し合って、製靴会社である「ダスラー兄弟商会」という会社を設立しビジネスをスタートさせました。

兄のルドルフは販売部門を担当し、弟のアドルフは製造部門を担当していました。

「それぞれのスポーツにあった専用のスニーカーが必要だ」という考えの元に、その哲学を反映させたスニーカーはスポーツプレーヤー達に大変好評となり、数多くの大会で好成績を残したため、ブランドの名は世界中へ響き渡りました。

順風満帆に見えたダスラー兄弟商会ですが、内部でのイザコザは次第に激化していました。

営業販売が中心のルドルフと、職人気質で無口なアドルフの間では頻繁に意見が食い違い、それがキッカケで、1948年にダスラー兄弟商会は分裂を余儀なくされてしまいます。

販売員の多くはルドルフについて行き、靴職人の多くはアドルフについて行きました。

兄のルドルフ・ダスラーはルドルフの「RU」とダスラーの「DA」を採って【RUDA】というスニーカーブランドをスタートさせましたが、一年後にはもっとフットワークの軽快なイメージを持ちたいとなり社名をプーマ(Puma)に変更しました。

弟のアドルフはルドルフと川の対岸に工房を構え、愛称の「アディ」とダスラーの「ダス」を採って社名をadidas【アディダス】というスニーカーの製造を開始しました。

ルドルフ・ダスラー

メキシコ・W杯のペレ協定で険悪の仲

プーマとアディダスの抗争は、ルドルフとアドルフが亡くなったあとも続きます。

1970年のメキシコ・ワールドカップで、アーミン(ルドルフの息子)ホルスト(アドルフの息子)は、ひとつの取り決めを交わします。

「ブラジルの神様ペレだけには決して手を出さない」という、いわゆる、”ペレ協定”です。稀代の才能を持つペレ選手を奪い合ったら、金額の高騰は免れません。だから、互いにペレ選手とは提携しないという暗黙の取り決めをしたのです。

ところが、プーマはこの協定を呆気なく反故。アディダスの怒りに火をつけることになったのです。兄弟ゲンカ第二幕です。

プーマ大躍進の戦略

ワールドカップの閉幕が近づいたある試合で、プーマの代理人ハンス・ヘニングセンと神様ペレは世界に注目させるある作戦を思いつきます。それは、キックオフの前に靴紐を結び直すというものでした。

  1. キックオフの直前にペレが審判に話しかけ、ちょっと待つように頼む。
  2. ペレは膝をつき、おもむろに靴紐を結び直す。
  3. 数秒の間、世界の何百万というテレビ画面いっぱいにペレの靴が映し出される。

この作戦は大当たり。ペレとの提携は、プーマに計り知れない宣伝効果をもたらすことになったのです。

ダスラー家の手を離れたアディダスとプーマの現在

現在では、両社ともダスラー家との繋がりはなくなっています。

プーマは、グッチやイヴ・サンローランを抱えるフランスの流通持株会社ケリングの傘下にあります。

二人の兄弟ゲンカから始まった2大メーカーの確執が、スポーツをビッグビジネスに育てあげてきたのは、紛れもない事実です。もし、ダスラー兄弟がいなければ、現代スポーツの繁栄はなかったかもしれません。

プーマ(PUMA)ロゴの由来

プーマの社名やロゴはアメリカライオンのピューマからきています。製品の持つ力強さを、ジャンプするピューマで表現したそうです。

勢いや躍動感を感じる瞬間を切り取っていますよね。

また、このロゴマークはシンボルマーク(ピューマ)がロゴタイプ(PUMA)の右上に配置されている、ちょっとめずらしいレイアウトのロゴマークでもあります。

プーマの社名やロゴはアメリカライオンのピューマからきています。製品の持つ力強さを、ジャンプするピューマで表現したそうです。

勢いや躍動感を感じる瞬間を切り取っていますよね。

また、このロゴマークはシンボルマーク(ピューマ)がロゴタイプ(PUMA)の右上に配置されている、ちょっとめずらしいレイアウトのロゴマークでもあります。

カルト的存在プーマ クライドについて

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